基礎知識

アメ車は壊れやすい!?日本におけるアメ車の歴史を徹底解説します!

「アメ車は壊れやすい」という話は、アメ車好きの方なら一度は耳にしたことがあるかもしれません。

ですが、『アメ車だから』壊れやすいというのは、個人的にはちょっと違うんじゃないのかなと思います。

なぜ「アメ車は壊れやすい」と言われるようになってしまったのか、それには理由があるんですね。

そこで今回は、日本においてアメ車がどのような歴史を辿ってきたか、その足跡を追っていきます。

歴史を紐解いていくことで、アメ車の理解が深まりますので、早速みていきましょう!

1960年代:アメ車は夢の超高級車だった

終戦後の日本は、戦前からフォードの工場もあったこともあり、1970年頃まで「外車」といえば当たり前のように「アメ車」のことを指している時代でした。

第二次世界大戦においての戦災が、他国にくらべて少なかったアメリカの自動車産業はますます発展し、「黄金時代」と呼ばれた1950年代、あのテールフィンを携えたアメ車たちが誕生しました。

クロームメッキを多用した装飾を備えた内外装、桁違いの大型ボディ、大排気量のV8エンジン。

まだ一握りの人しかクルマを買うことなどできなかった日本人にとっては、高級車を通り越して、文字通り『夢』のような乗り物だったに違いありません。

1960年代、日本でもやっとクルマの普及が広がりましたが、当時の為替レートの影響もあり、価格も超高額だったアメ車はまだまだ買える人は少なく、アメ車は「特権階級の人々のクルマ」的な位置付けでみられていました。

[スポンサーリンク]

1970年代:超高級車からの転落

1970年代、2度のオイルショックと、徐々に輸入台数の増えてきていたヨーロッパ車の影響により、アメ車人気は急激に低下しました。

そして1970年代後半に入ると、「外車」といえば 「アメ車」から「外車」といえば 「ヨーロッパ車」 に変わっていくのです。

すると、それまでに新車で輸入され、中古車となった数多くのアメ車たちが市場に出回りはじめました。

ガソリン価格の高騰と燃費の悪さも相まって、人気の少ない中古のアメ車は、新車価格からは想像できないくらいの低価格で販売されました。

それと同時に、見た目の押しが強く威圧感のあるアメ車には 「不良の乗るクルマ」というネガティブなイメージも強くあり、実際にそのような人たちがこぞってアメ車に乗っていたのも事実です。

「アメ車」は良くも悪くも「アメ車」とよばれるようになりました。

安いアメ車に高額なお金をかけて修理しようなんて人はもちろん少なく、年数が経ち、故障の多くなった日本のアメ車たちは、使い捨てのようにスクラップにされていきました。

ですので、現代のアメ車と比べれば、確かに 「壊れやすかった」 かったかもしれません。

でもそれは、パーツの調達さえ困難で高価だった当時は、アメ車を扱える整備工場も少なく、まともにメンテナンスできなかったことも理由のひとつかもしれません。

[スポンサーリンク]

1980年代:ロカビリーブームとアメ車

ただ、1980年代に入っても、アメ車の魅力は一定数の人々を惹き付けていました。

終戦後には 「特権階級の人々のクルマ」 だった高価なアメ車は、手頃な価格の中古車になって、若者の間でも手の届く存在となりました。

そんな中、1970年代後半から若者たちの一部で起こっていたロックンロール(ロカビリー)ブームが広がり、ロックンロールファッションを手掛けるショップが、そこかしこで営業を始めるようになりブームが広がりました。

そんなファッションに付き物なのは、ロックンロールを生み出した憧れの国アメリカのクルマ、アメ車。

ここに、ロックンロール好き = アメ好きという方程式が出来上がりました。

さらに、アメリカのカスタムパーツ販売で有名なムーンアイズが日本に出店したことなどにより、雑誌やメディアにアメ車や、アメリカ国内のカーカルチャーが取り上げられる機会が増えました。

それを見て、ますます衝撃を受けた若者のうち、ロックンロールやアメリカという国を特に好まない、ただのクルマ好きの中からもたくさんのアメ車好きが生まれることとなりました。

こうしてアメ車好きは若者たちを中心に一気に増加しました。

[スポンサーリンク]

1990年代:アメ車人気復活の時代!?

1990年代、アメ車人気が若者たちを中心に蔓延し、ガソリン価格も安く、アメ車の需要が増えたことにより、必然的にアメ車を輸入販売するショップが急激に増えました。

正規ディーラーが輸入する新車の他に、「並行モノ」と呼ばれた正規ディーラーではない業者により輸入された新車や、中古車がアメリカから輸入され、日本各地の店頭に並ぶようになりました。

アメ車がやっと大々的に日本の世間に認められた良い時代が来たと思われましたが、これが『アメ車は壊れやすい』という言説を作り出すきっかけとなってしまうこととなります。

それは、利益優先の一部の並行輸入業者やアメリカ国内のバイヤーにより、アメリカ国内でコンディションに問題を抱えた、安い中古アメ車が多数日本に輸入されるようになってしまったことです。

ご存じのとおり、日本にくらべアメリカは国土の広さが莫大です。

その広いアメリカ大陸を移動するアメ車の中には、日本を走るクルマでは想像もできないくらいの距離を走った中古車が存在します。

たとえば、「新車から5年落ちで走行距離は20万km」といったクルマです。

それが「走行距離4万km」にメーターを改ざんされて、日本で販売されるといったことが起こり始めます。

大陸を走るためのアメ車は、そもそも頑丈に作られていて、故障も特別に多いわけではありません

しかし、いくら頑丈とはいえ20万kmも走行すれば故障するのは当たり前です。

そして為替レートの好転も手伝って、それまで日本にはあまり輸入されることのなかったモデルのアメ車や、旧車、アメリカ国内でカスタムされたアメ車などもどんどん輸入されるようになりました。

自動車大国アメリカでは、旧車もカスタムカーもそれぞれ文化が確立していて需要があるので、コンディションが良ければ価格が安いということはありません。

しかし、アメ車を欲しがる日本の若者に販売するためには、価格を安くしないと売れません。

乱立した日本の中古アメ車ディーラーの価格競争も激化しました。

そうして、コンディションの良くないアメ車やアメ車旧車、またそれらをベースに日本向けに安くカスタムされた低価格のアメ車が仕入れられることになったわけです。

そのような中古車を購入してしまったユーザーは当然、

  • まだ4万kmしか走っていないのに故障した、、
  • 見た目は綺麗だけど中身はボロボロで故障が多い、、

「アメ車ってこんなもんか、、」と感じるようになります。

そして嫌気がさしアメ車を手放し、その手放したアメ車が他のユーザーに販売され、また手放され、、とそんな悪夢のような負のループが繰り返され、多くの人はアメ車から離れていきました。

このような経緯があり、「アメ車は壊れやすい」という声があちこちで聞こえるようになり、それが定着してしまったのです。

[スポンサーリンク]

まとめ

アメ車が壊れやすい、と言われるようになってしまったその経緯を歴史とともに振り返ってみました。

アメ車に限らず、クルマは機械ですのでいつかは必ず壊れます。アメ車だからといって壊れやすいということはありません!

日本でのアメ車の歴史はまさに紆余曲折。「アメ車は壊れやすい」 と言われた理由にはこんな歴史があったんです。

余談ですが、「Carfax(カーファックス)」や「Autocheck Vehicle Report(オートチェック・ビークル・レポート)」というアメリカ国内におけるクルマのヒストリーをチェックしてくれる有料のサービスがあります。

クルマの「IDコード=VIN(Vehicle Identification Number)」を通じて、

  • アメリカ国内で今までに何人のオーナーがいるか?
  • レンタカーとして使用されていたか?
  • 事故修復歴や走行距離

といった情報(来歴)をチェックしてくれるサービスです。

こういった車両の来歴というのは、そのクルマの価値を判断する上で重要な要素であり、アメリカではこれらの情報をユーザーが車両を購入する際に利用します。

もちろん日本からもインターネットを通じて調べることも可能です

しかし、状況によっては情報の信頼度は100%ではないことを注意書きとします

現代では、コンディションに問題のあるアメ車をごまかして輸入販売する業者はほぼ無いと思います。

というより、無いと信じたいですね。